例えば、自分の思った事を相手に伝えるとします。
「大学も出ていないようなヤツに自分の娘はやらない!」
「休みの日に田舎に出かけるなんて、何が面白いの?」
人間って、しょせん自分の考えや価値観しか分かることが出来ませんよね。
他人の思いを理解しようと必死で頑張ったってある程度予測は出来るかもしれませんけれど完全には分かってあげる事なんてとうてい無理な話だと思います。
その話が相手にとって、嫌な物かも知れない。
そのアドバイスが相手にとっては苦痛かも知れない。
その思いは子供じみた思いで、嘲笑われているかもしれない。
例えば、リストカットをしている人がいたとします。
その人に向かって、
「そんなことは止めろ!!」
といいます。
確かに、一般の常識的な範疇からみると止めた方がいいかも知れないですね。
でも、その人はその人なりの心理状況があってそう言う状態になっている。
そして、その状態を分かっても貰えずそんなことを言われ、それを不愉快と思う。
そうかも知れません。
その一言で余計にその人が心のバランスを崩してしまうかも知れません。
例えば、
「神崎さん・・・好きです。」
自分のありったけの好きだという思いをある人に伝える。
しかし、その思いを伝えられた相手は、周りの友達とそこのをとあざ笑っているかも知れません。
あいつなんかに告白されちゃったぁ〜、キモ〜。
自分の思いで相手が傷つくかも知れない。
自分の思いで自分が傷つくかも知れない。
そう考えると、自分の思いを相手に伝えるというのはとっても怖い物のように感じてしまいます。
そして、思いを伝えるというものは言葉だけではありません。
時にはその形を音に変え、時にはその形を文章に変え、そして時にはネットワークへと変化をしながら。
絵、音楽、小説、詩・・・
様々な物に形を変えながら人の思いという物は進化をしてきました。
数多くの人が数多くの思いを作品として世に送り出してきて、それがよに残った物も有れば、消えていった物まで様々です。
しかし、どれもその人なりの思いがのった物なのだと思います。
ワタクシも、絵描きの一人です。
自分の思いを絵として紡ぎ出しています。
絵や音楽でも、言葉として出すときと同じようにその思いは他人からみたら嘲笑されるような物かも知れない、いやがられるかも知れない。
そう言う思いはあります。
しかも、作品には思いだけでなく技術という物も必要になるのでより伝えるのが難しいかも知れません。
とすると、ただ思いを伝えるよりもより怖いですし、足がすくんでしまう部分もあります。
それでも、人は、自分自身は伝えていくことしか出来ません。
少しでもその思いが鮮明な物になるように・・・。
今はその思いは、その作品はつまらない思い、つまらない物かもしれません。とてもガキじみた物かも知れません。
そして何らかのきっかけでそれに触れてくれる人に嘲笑われているかも知れませんし、相手にされていないかも知れません。
しかし、それでもそこを一歩でも踏み出して様々な人の心に少しでも届く物になるように・・・伝えていきたいと思いました。
あくまでも、一方的な悪意のみで作成された思いはどうかと思いますけどね・・。
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